旧上藻別駅逓(紋別市)

上藻別駅逓

旧上藻別駅逓(きゅうかみもべつえきてい)

旧上藻別駅逓は1926年(大正15年)に官設の駅逓として建てられ、2008年10月に国の登録有形文化財に指定されました。
(1934年に増築)
戦前の北海道独特の建築形態を有する古建築物で、紋別地方では唯一現存する駅逓建造物です。
上藻別駅逓

人懐っこく、少々シャイな猫駅長さんにご挨拶。
上藻別駅逓
上藻別駅逓
上藻別駅逓
上藻別駅逓
上藻別駅逓

渓谷沿いにあるこの地は、冬は気温が零下20度以下まで下がり、雪も深いため、駅逓は概ね11月から4月下旬まで閉鎖されますが、2019年3月、上藻別駅逓保存会代表、Kさんのご厚意で、特別に玄関の鍵を開けて頂きました。
囲炉裏の中の小石、生で見ると黄土色です。鴻之舞金山を背後に控えるこの駅逓、石の中にもうっすらと金が含まれているのです!

「持ってっていいよ」というKさんのアバウトさ、嫌いじゃないです。
更に奥へと進みます。建物内にはいにしえを偲ばせる民具がずらりと並んでいます。入場無料ですが、この貴重な文化財をいつまでも保存できるよう、お心づけに協力頂ければ有難いです。


下の写真、「メグミ旅館」という木の看板が見えますでしょうか。これは2009年に公開された韓国映画、「おいしいマン」で、池脇千鶴さん演じる娘さんが経営する旅館のロケ地として、この駅逓が選ばれた名残です。一般には建物内の撮影はセットを使用することが多いのですが、この映画では建物の内外全ショット、実際に上藻別駅逓を使用しております。この駅逓を訪問後、映画をご覧頂くと、感慨もひとしおですよ。

金山がウハウハだったころ、所有者の住友鉱山が金に糸目をつけず建設したというこの駅逓、二階に上る階段の手すりも檜の一本木を削った贅沢なものです。シブすぎるこの色つやは必見ものです。

二階の客間は、「おいしいマン」でイ・ミンギ演じるミュージシャンが宿泊する部屋として、実際に撮影に使用されました。夏期、一泊千~二千円程度の寄付で宿泊可能です。興味ある方は上記「上藻別駅逓保存会」に連絡願います。

そして、やはり無造作に置かれた金鉱石。銀も含まれています。Kさん曰く「金は200gぐらい入っているかな」…グラム5,000円として…持って帰ったら車の頭金になるやんけ!と思うも、抽出に同じ額だけコストがかかるとのこと(T_T)

駅逓とは

駅逓とは、明治から昭和初期まで北海道辺地の交通補助機関として、宿泊・人馬継立・郵便などの業務を行う制度。その運営者は、駅逓取扱人(半官半民)。

北海道独自の駅逓制度は江戸時代より行われており、人口希薄で交通不便な蝦夷地の宿泊・運送・通信の利便を図るため、江戸幕府により人馬を備えた駅舎を設けられ、和人地では村方役人、蝦夷地の請負場所では場所請負人が業務に当たっていた。明治時代の初め頃には、運上屋(うんじょうや)・会所(かいじょ)・通行家(つうこうや)・旅宿所(りょしゅくしょ)などと称された駅逓業務扱い所は道内全体で126カ所あったとされる。

明治2年に場所請負制を廃止したときに、開拓使は運上屋・会所を本陣(ほんじん)と改称し、駅逓業務を開拓使に直結させた。明治5年に本州では本陣の制度が廃止されたが、北海道では本陣は駅場さらに駅逓扱所、駅逓所と称され、北海道独自の駅逓制度が整備されていった。1882年(明治15年)、開拓使が廃止されたときには道内に112カ所の駅逓所があり、1895年(明治28年)の官設駅逓取扱規程、1900年(明治33年)の駅逓所規程などによって辺地の交通・通信補助機関としての官設駅逓所制度が成立していった。駅逓所は北海道開拓の進展に合わせて新設および廃止がなされていき、ピーク時には道内に約六百数十カ所がおかれ、全廃されたのは1947年(昭和22年)のことである。

現在、道内の現存する建物は保存・公開されていたり、所在地が史跡として標示されていたりされているところが少なくなく、国・道指定の史跡・文化財としても登録されている。

出典:駅逓所 – Wikipediaより

真っ直ぐな道と廃屋

紋別市上渚滑から藻別への真っすぐな道

上藻別駅逓

道沿いの牧場

上藻別駅逓
上藻別駅逓

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上藻別駅逓
上藻別駅逓
上藻別駅逓

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説教好きな髪の長い赤ネクタイの教師には会えませんが、一説によれば「夜は結構出くわす」場所だそうで…
上藻別駅逓

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