美瑛に寄せて

セブンスターの木

私が美瑛を知ったのは高校3年の時、故・前田真三氏の代表作「麦秋鮮烈」を偶然見たのがきっかけです。
当時、吹奏楽とピアノに明け暮れていた私は、特に写真やカメラに興味がある訳ではありませんでしたが、「麦秋鮮烈」の中の美瑛の風景は一瞬にして私の心を掴みました。

小さい頃に家族旅行で小樽や富良野には何度か訪れていたものの、美瑛は完全にノーマーク。

そして、実際に美瑛を訪れたのはそれから3年後の21歳の時。
お盆休みの、まさにベストシーズンの頃です。

「はぁ、すげぇ」

人は驚きや感動のメーターが振り切ると、こんな間の抜けた言葉しか出ないのだと、この時に初めて知りました。

まだまだ観光地として知られてなかった美瑛には、観光客の姿はほとんど見当たらず、車もほとんど走っておらず、「立入禁止」のロープやタイヤが置かれている事もなく、風の音しか聞こえない、まさにあの「麦秋鮮烈」の美瑛がありました。

もちろん、あの哲学の木も、しっかりとそこに・・・

親父から譲り受けた重くてゴツい一眼レフカメラのCanon・EOSのシャッターを切りながら、私は呑気に「ここに住んだら、この景色が毎日見られるのか。良いなぁ」などと考えていたと思います。

それからと言うもの、私は毎年美瑛を訪れました。
来るたびに人が増え、いつの間にか駐車場が出来て、いつの間にか観光バスが何台も停まるようになり・・・でも私はそれが良い事だと思っていました。

「有名になって観光客が増えて、きっと美瑛は大喜びに違いない」

そう信じて疑いませんでした。
もちろん、良い事もたくさんあったのは事実だと思いますが・・・現状は前回のコラムの通り。

しかし、それでも美瑛を撮り続けたいと思う私も、結局は欲求と欲望が理性や倫理観を凌駕した、美瑛を消耗させている1人なのでしょう。

富樫

セブンスターの木

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